ラスト


5



冷たくなった体を抱きしめたまま、手にした携帯の名に、
わずかな希望を見出したように思った。

まだ、彼女ならなんとかしてくれるだろうか。

無力感を感じている余裕も、今はない。
誰でもいい、なんでもいい。


「はい。」
携帯の向こうから、いつもと同じ…いや、少し違う声音が聞こえてきた。

「彼は。」

短い問いだった。
正直なところ、答えを口にしたくはない。だけど言わなければ。
僕は小さく答えた。

「たった今…。」
それ以上は口にできなかった。
だが、彼女は分かってくれるだろう。だからこそ今僕に連絡を取ってきたはずだ。

「わかった。」

「連れてきて 彼を 私の家に。」


その言葉を聞いたとたん、僕の身体は動いていた。



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正直、遺体と言ってもいい彼の身体を運ぶのは、人目に触れるとかなり危なかったと思う。
だがその時はそんなことを考えている余裕もなかった。
もっとも、長門さんがいれば情報の操作は容易ではあっただろうけど。

それに、もしかすれば彼の配慮だったかもしれないが。
彼と最後に話した公園は、長門さんのマンションからほど近い場所にあった。
彼の身体を背中に乗せて急いでいた。

不思議なほど、彼の身体は軽かった。




マンションの前には長門さんと朝比奈さん待っていた。
朝比奈さんはともかく長門さんは部屋で待っているとばかり思っていたので、
少し驚いたが…彼女も焦っていたのかもしれない。

「キョン君…!!」
朝比奈さんが僕の背の彼のところに駆け寄ってきた。
冷え切った肌に触れ、絶望したような表情をする。
僕も多分、彼が倒れた瞬間こんな顔をしていたのかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えていたのは…たぶん現実逃避だったんだろう。

「死んでる…ん、ですか…。」

朝比奈さんが素直に言った言葉は、僕の心を冷えさせる。
…彼女に罪はないが、言って欲しくはなかった。

だが、タイミングよく長門さんの声が僕を止めてくれる。


「入って。」
「はい。」
「…っく…キョン君…。」


短いやりとりのあと、彼女の部屋に入った。


彼女の指定した部屋にはすでに布団が敷かれていた。
彼の身体をゆっくりと下ろすと、彼女が丁寧に布団をかけた。
その手で、彼女が彼をどれほど大事に思っていたかが分かる。


ふと、後ろから朝比奈さんの戸惑う声が響いた。

「…長門さん、またこの部屋を…。」
「…今は緊急事態。」
「…そう、ですね。」

「…?」

僕にはわからないやりとりだった。
だが、ふと気付く。

この部屋に彼を置くことには意味があるのか。



もしそうなら。


僕は長門さんの顔をまっすぐ見て言った。
ずっと聞きたかった言葉。

そのためにここに来た。



「彼を救う方法はあるんですか?」





「明確に回答することはできない。」

「…。」


明確ではない。
ということは…。



「方法は、あるんですか…?」


彼女はゆっくりと頷いた。



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僕と長門さん、朝比奈さんは居間に戻りテーブルを囲んだ。
いつものように朝比奈さんが入れてくれたお茶には、誰も手をつけてはいなかった。

朝比奈さんには申し訳ないが、それ以上に大事な話がなされていたから。


「あなたが彼から聞き出したことで情報を得られた。
 彼はこの星の複数の生命体の精神エネルギーが同一の方向性により同種の生命体と融合したもの。
 ただし完全な融合には口頭での名称を受ける必要があった。」


「…えとえと…。」

「つまりは、精神と肉体の融合には名を呼ばれる必要があった。ということですね。」
彼が説明した通りの事だ。

「そう。一定の名称が融合の必須条件。
 けれど彼はその条件を満たされなかった。
 だから精神と肉体は分離した。」


「そんな…キョン君にそんな秘密が…。
 上は…何も…。」
「この情報は統合思念対も得てはいなかった。
 彼の属していた世界は涼宮ハルヒのいう異世界というカテゴリーに近い。」


「彼は…彼女が望んでいた異世界人だった…というわけですか。」
「そう。でもこの消失は彼女にとって望むものではなかったはず。」

それは確かに疑問が残る。
だが今はそれを問題にはしていられなかった。

彼が消えたのは、まぎれもない事実であり現実だ。
そして彼女の力は、異世界には届かない。

彼が彼女の傍に来たのはおそらく、彼がこの世界にいたからだろう。
だが彼を奪う力には…太刀打ちできなかった。


「それで、長門さん。
 あなたが言う彼を取り戻す方法は…。」

答えを急ぐのは、自分らしくはない。
だが今すぐ知りたい。その思いの方が勝っていた。


「彼の精神体は肉体を離れた後ある場所にとどまっている。
 その意味がなにかはわからない…けれど。」


「…なぜ彼の精神体がその場にとどまっていることに意味があると…?」



彼女は淡々と、だがはっきりと言った。

「彼のあとに同様の精神体がその場に飛んだ。
 だけど…その精神体はすぐに消失した。だけど。」



「彼の精神体は…とどまっている、と。」



その言葉を聞いたとたん、僕は激しく立ち上がっていた。


「ひゃ…!」

朝比奈さんが驚いていたようだが、意に介する余裕は皆無だった。




「どこです。その場所は。」



思うことは一つだ。もし彼を取り戻すことができるなら。




「行きます。今すぐに…!」




                                     To be Continued…




久々にこちらの連載を更新です。
いや〜自分で設定を考えるとどうもご都合主義ですね;;
笑い飛ばしていただけると幸いです。
話はキョンくん不在のままで続きます。

さてキョンくんはちゃんと戻ってくるかなあ…。



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